【論文レビュー:Gurin et al(2002)】Diversity and Higher Education: Theory and Impact on Educational Outcomes(多様性と高等教育:教育的成果についての理論と影響)

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導入

今回はGurin et al(2002)のDiversity and Higher Education: Theory and Impact on Educational Outcomes(多様性と高等教育:教育的成果についての理論と影響)という論文をレビューします。私の専門は「高等教育におけるマイノリティに連帯するアライ(ally)の学び」なので、この論文で語られるような高等教育における多様性の意義というのは主要な関心の一つです。

本論文はハーバード・エデュケーショナルレビューに掲載され、今までに3300件以上引用されています。メインオーサーのPatricia Gurinはミシガン州立大学の教授であり社会心理学、特に政治的行動における社会的アイデンティティの役割などを専門としています。Gurinの所属する「ミシガン州立大学」というのがこの論文を読むときのポイントになります。というのも、ミシガン州立大学は全米の中でも最も早くIntergroup Diialogueという人種間の対話のプログラムを開発し学内で展開した大学であると同時に、アファーマティブ・アクションに反対する訴訟が行われた舞台でもあるからです。ここでは詳述しませんが、ミシガン州立大学への2003年の訴訟は1978年のバッキー裁判以来のものであり、全米が注目するものでした。Gurinはミシガン州立大学学内で多様性の推進を担う立場として、この論文を執筆しています。

要約

結論

本論文では大学内の多様性が教育効果を持つことがミシガン州立大学内での調査、全国調査の二つのデータセットから一貫した傾向として示されています。

理論的仮説の生成

本論文ではまず多様性を3つの段階で定義します。それらは、①構造的多様性(structural diversity)つまり大学の構成員の多様性、②非公式接触の多様性(infromal interactional diversity)つまり大学内での社会的グループ間の高い接触頻度と接触の質によって実現する多様性、③教室内多様性(Classroom diversity)つまり教室内での多様性についての知識を得る経験や多様な他者と出会う経験によって生まれる多様性の3つです。

次に、多様性の意義を理論的に説明しています。エリクソンやピアジェの理論に依拠しながら大学生という時期に多様性が保障された環境に身を置くことの意義を整理しつつ、学習成果(Learning outcomes)と民主主義に向けた成果(Democracy outcomes)の二つを説明しています。そして、それら二つが上記に示した①〜③の大学内の多様性の実現によって向上するという仮説を提示しています。

データの分析

上記の仮説を検証するために、本論文では二つのデータを活用しています。一つはミシガン州立大学で収集されたデータ(The Michigan Student Survey=MSS)であり、もう一つは180以上の大学を対象とした全国調査(the Cooperativve Institutional Research Program=CIRP)です。二つの調査は質問項目など厳密には同じではないのですが同内容を調査しており、二つのデータセットがそれぞれ分析されており、二つを並べることで分析の信頼性を向上させています。なお、データの変数の詳細については付録として本ブログ記事の末尾に論文内に掲載されている表(もしくは論文本体)をご覧ください。

分析結果

上記のデータセットの分析の結果として、重要な点として以下が示されています(論文中では人種グループごとの教育効果の差など詳しく説明していますが、冗長になるため細かな点は大幅に割愛しています)。

  • ミシガン州立大学内の調査、全国調査の双方で一つを除く全ての分析において、仮説として提示していた高等教育における教育効果(多様性が学習成果、民主主義に向けた成果)をもたらすこと、そして二つのデータセットの分析結果の一貫性が示された
  • 全国調査においては、非公式接触の多様性の方が、教室内多様性よりも影響力が大きかった
  • 3つの多様性経験の相互の影響を統制した後でも、少数の例外を除き、個別の多様性効果は統計的に有意なままであった

考察

考察はIs curriculum enough?という大学内の多様性に関する学習環境への問題提起のパート、本研究の意義を語るパート、実践への示唆を提示するパートのの3つに別れています。ここでは問題提起と実践への示唆に絞ってまとめます。

Gurinらはアファーマティブ・アクションの反対派が、多様性がもたらす教育効果は大学内の多様性が担保されていなくても人種・民族についての学習内容が授業で扱われていれば得られるものだという批判をまず取り上げています。その上で、本論文の分析によって非公式接触の多様性の教育効果の高さがわかったことの意義を強調し、「広範で有意義な非公式の異人種交流によって教育が強化されることがわかった」と結論づけています。

さらに、Gurinらはアファーマティブ・アクションの反対派の多様性を構造的多様性に縮減する主張を取り上げ、構造的多様性は高等教育がその教育目標を達成するための必要条件ではあるが、それだけでは不十分であることを主張しています。Gurinらは、この必要条件が掘り崩されてしまうとマイノリティは形だけの存在となってしまい、マジョリティからステレオタイプを当てはめられるようになると訴え、構造的多様性という必要条件を満たした上でそれを学生が多様性を経験する機会に昇華する学習環境の重要性を指摘しています。

最後に、実践への示唆としてGurinらは大学という環境が人種・民族を越えた交流を生み出すテンプレートを持っているわけではないと強調した上で、「教授陣が多様な視点や学生の背景を教室で最大限に活かせるような教育法を開発する手助けをすることで、能動的な思考、知的関与、民主的な参加を育むことができる」と主張しています。また、学生間(ピアグループ)の相互作用の影響の大きさを踏まえて学生支援課(Student affairs)の働きの重要性を示しています。

感想

自分が取り組んでいる研究は高等教育における多様性に関する学習であり、正課外のインフォーマルな学習にカテゴライズされるような学習に当たるため、非公式接触の多様性の重要性が示された本論文の研究はとても重要です。

日本の高等教育においては現在、特に男女比に焦点を当てた構造的多様性の向上に向けた取り組みが本格化しつつあります。ただ、多様性という概念の射程を考えると男女比の改善の議論だけではもちろん不十分ですし、本論文の示唆を踏まえるのならば非公式接触の多様性、教室内多様性についての検討も必要です。

また、本論文はアファーマティブ・アクションの反対派の存在を念頭に、高等教育における多様性の「有用性」を示すものです。アメリカの政治状況を考えた時、このような研究は大変意義深いものだと思われます。ただ、多様性の有用性をしっかりとエビデンスを踏まえて伝えていくことは大変重要ですが、所得や障害の有無によって高等教育へのアクセスに大きな差がある日本の文脈を考慮すると、高等教育における多様性を学習権として捉えることが重要に思われます。有用だから多様性を保障するという思想だけでは、有用・無用という観点での構造的な選別は何かしらの形で温存されるでしょう。高等教育における多様性の有用性を伝え多くのステイクホルダーを味方につけつつ、未来ある若者の学習権についての議論を拓いていく必要を感じます。

付録

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