【論文レビュー:Martinez(2023)】Development-ally focused: a review and reconceptualization of ally identity development(アライの発達に焦点を当てる:アライのアイデンティティ発達のレビューと再構成)

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導入

今回はMartinez et al(2023)のDevelopment-ally focused: a review and reconceptualization of ally identity development(アライの発達に焦点を当てる:アライのアイデンティティ発達のレビューと再構成)という論文をレビューします。「高等教育におけるマイノリティに連帯するアライ(ally)の学び」が私の研究領域なので、本論文は私の専門ど真ん中の内容になります。この論文は今年Equality, Diversity and Inclusion: An International Journalというジャーナルに掲載されたもので、アライのアイデンティティの発達についての先行研究をレビューした上で統合的なアライのアイデンティティの発達モデルを提示しています。

本論文の概要

アライ(ally)とは

本論文では、アライを「抑圧を減じ、周縁化された集団のメンバーを支える意図的な備えand/or行動を行う個人」と定義しています。ただし、このアライの定義については様々な議論があることが触れられています。

なお、日本ではアライは性的少数者の支援の文脈で使われる用語となっていますが、それは日本独特の文脈であり、本来的には上記のように社会の中で周縁化されるあらゆるマイノリティ集団に連帯するマジョリティに対して使われるものです。

アライのアイデンティティの発達過程

本論文で紹介されるアライのアイデンティティの発達段階を要約すると以下のようになります。

段階段階の説明
1. 無関心マイノリティが直面する体系的な不平等や差別に対する認識や関心が欠如しており、アライとして自分を捉えていない状態
2. 不協和マジョリティとして自身が持つ特権を認識し、この認識から生じる感情的・認知的葛藤を抱えており、この葛藤を軽減したいと思っている状態
3. 学習前段階で生じた不協和を解消し自らの行動を変えていこうとしているが、具体的に何をすべきかについての知識や自信は不足しており、自らに必要な情報を得て学習することに主眼が置かれる状態
4. つまずきアライとしての行動を起こしたいと思うが、それを実行しても上手くいかず、苛立ちや落胆を感じたり、善意にもかかわらず不注意でマイノリティに害を及ぼしてしまう不安定な状態
5. 統合アライとしてのアイデンティティと自信をはっきりと持ち、複雑な社会正義の問題を捉え、抑圧的な態度や行動を認識して適切に行動することができる。その際に、マイノリティに対して協調的な態度を維持し、自らの振る舞いを省みることができる。
アライのアイデンティティ発達のモデル

先行研究では、何か特定の社会集団のアライのアイデンティティ発達を扱ったものもあれば、社会集団は特定せずに全体的にアライというものを捉えるものもあります。本論文は後者の立場に立つものです。また、アイデンティティ発達の描き方は過去の様々な先行研究で多様なモデルが提示されていますが(例えば円環的なものだったり複数のベクトルで表現してみたり)、本研究ではエリクソンのアイデンティティの発達モデルのように段階を設定して直線的に登るようなモデルを選んでおり、オーソドックスな形になっています。ただ、アライのアイデンティティの捉え方にも多様な考え方があるので、それはまた別の機会に記事にできればと思います。

各段階の詳細

無関心(Apathy)

アライ・アイデンティティの発達の第1段階は、「無関心(Apaty)」とされており、マイノリティが直面する不平等や差別に対する認識や関心の欠如によって特徴づけられます。この段階にある人は、差別に気づかなかったり、差別を自分にとって適切または有利なものとして受け入れたりすることもあります。また、社会の秩序を維持するためには集団の階層や不平等が必要だと考えている場合もあります。この段階にある人は、アライであることを自分のアイデンティティとして捉えていません。社会正義の問題と自分の生活との関連性を見出せておらず、自分が差別に加担してしまっているかもしれないなどの思考がよぎることもありません。

無関心からその後のアライ・アイデンティティの発達段階へと進むきっかけとしては、マイノリティ集団との出会いが挙げられます。例えば、マイノリティ集団に対する不公正な扱いをあからさまな形で目撃したりした結果、マジョリティ集団の一員であるという特権を自覚する人もいます。また、対人接触が増えることで、マイノリティ集団との差異を理解するようになる人もいます。

不協和(Dissonance)

アライ・アイデンティティの発達の第2段階は「不協和」とも呼ばれ、マジョリティとして自身が持つ特権を認識し、この認識から生じる感情的・認知的葛藤を抱えており、この葛藤を軽減したいと思っている状態です。

この段階では特権を自覚することで、罪悪感、羞恥心、怒りといった否定的な感情を抱えるようになります。他者を不利にする制度から利益を得ていることに罪悪感を感じたり、自分の無知や不平等な制度への加担を恥じたり、不公正さに怒りを感じたりします。このような否定的感情は対処するのが難しく、問題から距離を置きたい、特権や制度的不平等の存在を否定したいという欲求につながることもあります。ただし、自分が社会の中でマジョリティに位置しており、自分にとっての当然は全員にとっての当然ではないということを受け止めることで、社会正義を促進するために行動を起こしたいという欲求につながるということが起き得ます。

不協和からその後のアライ・アイデンティティ発達の段階に進むためには、否定的な感情と向き合い、自分のこれまでの価値観や行動とありたい姿の間の不協和を軽減するために新しい行動をとる必要があります。例えば、マイノリティの経験を聞くことや深いリフレクションに取り組んだり、他者からフィードバックを受けるなどです。

学習(Learning)

アライ・アイデンティティの発達の第3段階は「学習」であり、前段階で生じた不協和を解消し自らの行動を変えていこうとしているが、具体的に何をすべきかについての知識や自信は不足しており、自らに必要な情報を得て学習することに主眼が置かれる状態です。この段階にある人は、アライでありたいと願う一方で、社会正義に関わる問題の複雑さに圧倒され、自分の知識やスキル不足を感じたり、変化をもたらすために自分は十分なことをしていないと感じたりすることもあります。

ただ、その後のアライのアイデンティティ発達段階へと進むためには、社会正義の問題に対する理解を深め、社会正義を促進するために行動を起こす必要があります。具体的には、社会正義に関わる研修を受けたり、本を読んだり、マイノリティとの交流を経て多様な視点に触れること、リフレクションに取り組むこと、またアドボカシーなどのアクションをとることなどが挙げられます。

つまずき(Stumbling)

アライ・アイデンティティの発達の第4段階は「つまずき」です。この段階は、アライとしての行動を起こしたいと思うが、それを実行しても上手くいかず、苛立ちや落胆を感じたり、善意にもかかわらず不注意でマイノリティに害を及ぼしてしまうこともある不安定な状態です。

「つまずき」段階の重要な課題のひとつは、行動を起こしたいという気持ちと、自分自身の限界や間違いを認識することの間の緊張をうまく調整することです。この段階にいる人は、アライとしての成長を感じている反面、まだまだ自分の中のマイノリティへの固定観念への認識が甘く、そのせいで他者を傷つける振る舞いをしてしまうこともあります。また、功名心が頭をもたげてきてそれを他者から見透かされて信頼を失ったり、反対にマイノリティのために行動が求められるタイミングでそれを逃したりして信頼を失うなど、まさに「つまずき」を経験します。

その後のアライのアイデンティティ発達段階へと進むためには、自分自身の偏見や限界に対する認識を深めるとともに、マイノリティコミュニティの経験や考え方に対する理解を深める必要があります。これには、マイノリティやロールモデルとなるアライからのフィードバックを求め、リフレクションに取り組むなどのアクションが必要になります。

統合(Integrating)

最後のアライ・アイデンティティの発達の段階は「統合」です。この段階の人はアライとしてのアイデンティティと自信をはっきりと持ち、複雑な社会正義の問題を捉え、抑圧的な態度や行動を認識して適切に行動するようになります。その際に、マイノリティに対して協調的な態度を維持し、自らの振る舞いを省みることができます。

「統合」の段階に進むには、社会正義の問題を深く理解し、社会正義の推進に強くコミットする必要があります。また、効果的なコミュニケーショ ンやアドボカシー、コミュニティの組織化など、社会正義を推進するためのさまざまなスキルや戦略を身につける必要があるとされます。

統合の段階へ進むためには、継続的に教育・訓練を受けることや、長期的な社会正義キャンペーンに参加したり、社会から疎外されたコミュニティと密接に協力して特定の問題に取り組むなどの深い経験が求められます。

感想

本論文によれば、アライの学びは無関心だったところから始まり、特権を自覚して「うわーー!俺、全然ダメじゃん」という葛藤を抱える段階を経て、「一体どうしたらいいんだろう?」と途方に暮れながらも一生懸命に学ぶという風に進みます。そして、知識や経験が自信に繋がったと思ったら、それ故に失敗してしまうという段階に至ります。この段階では「誰かのためになりたい!」という思いが空回ったり、「良い格好したい!」という内なる思いが周囲に伝わってしまったりと自分の未熟な部分が露呈してしまうのでした。「統合」までは失敗を繰り返しながらの長い道のりなのだろうと思います。

上記のアイデンティティ発達の中で私が興味深いと思うのは、不快な感情を伴う学びが埋め込まれている点です。第2段階の「不協和」はもちろん、第4段階の「つまずき」も失敗に伴う不快な感情が存在しています。学びというと好奇心が伴う何かワクワクするものをイメージしやすいですが、社会正義のために生きようとするアライの成長に必要な学びは様々なドロドロとした感情を伴うもので、ユニークだなと思います。

最後に、アライのアイデンティティ発達について研究しながら思うのは、「社会を変えるためにはまず自分が変わらないといけない」ということと、「そこには大きな感情労働が伴う」ということです。どのような学習環境を作ればアライの学びを促せるのか、これからも研究していきたいと思います。

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